占い歴三十年の大道易者から聞いた、人生で最も大切にしたいこと

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こんにちは、あおねこです。

今回は去年の11月になりますが、大道易者をされているKさんから聞いたお話をまとめてみました。

公開の許可はいただいてますが、万一ご迷惑をおかけすることになってもいけないので、写真は出してますがあえてお名前はイニシャルにさせていただきました。

Kさんは易者歴三十年。最近になってKさんよりお年を召した易者さんが近くのエリアでデビューし、派手に宣伝しているようですが、尊敬する師匠のもとで学んで本格的な修行し、このあたりの大道易者で最も長い経験を積んでいるのは、間違いなくKさんだそうです。

三十年もいろんな人の運勢を見ていると、「人生で最も大切なこと」に気づいたそうです。

興味あるでしょ。ではそのお話を聞いてください。

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路上の占い師「大道易者」の正体って何者?

こんにちは。
私は大道で易者をしております、占い師です。

あなたもたまに街の隅でポツンと座っている易者を見たことがあると思います。

ただ、易者に興味でもない限り、その人が何者であるかなど考えたこともないでしょう。

実を言いますと、わたしもほかの易者が何者であるかわかっておりません。

それほど占いの世界は玉石混交で、お互いの素性も経歴もわからない。資格や国家試験があるわけでもありません。

座っているとよくこんなことも言われます。
「お客さん来る?」「これでご飯食べられる?」

大きなお世話です。

わたしはこの仕事に就いてかれこれ三十年になります。

二十代の頃は「いい若者がこんなことをして!働け!」と説教されたり、今でも「不気味」「怖い」「怪しい」と陰口は叩かれ放題です。

なので、決して他人に勧められる仕事ではありません。

大道易者の道を選んだ理由

しかし、わたしがこの道を選んだ動機は、決して「人生に行き詰まったから」とか、「他に仕事がなくて」とか、「テレビに出て有名になりたいから」とか、そのような考えからではありません。

私が大学を卒業した当時はバブルの絶頂期。就職も引く手あまたの超売り手市場。

たまたま知り合った運命鑑定士との交流の中で、かねてより疑問に抱いていた「人は人としてどう生きれば良いのか? 幸せになれるのか? 成功できるのか?」この問いの答えを追究したい!という衝動をごまかせなくなり、いったんは就職した会社を1 年足らずで辞めてしまったのです。

ちなみに勤めていた会社には何一つ不満はなく、職場環境も整っていたので、辞めた直後は「やっちまったかな」と思いました。

今でこそ家庭を持ち生活も安定しておりますが、初めは親も兄弟も嘆き悲しませてしまいました。

「せっかく苦労して大学まで行かせたのに、何が不満で道端で物乞いみたいなことするんだ!」

ごもっともな話です。

自分ではどんなに志が高いつもりでも、それは単なる自己満足でしかありません。もしかしたら「自分は道を誤ったのではないか」と、正直もがき苦しむこともありました。

ただ自分としては、この仕事を単なる“お金儲け”と思ったことは一度もありません。今なお常に課題と向き合い、問い続けている毎日です。

それは、例えるなら大学の研究員が顕微鏡を覗きながら、将棋の棋士が盤上の次の最善手を求めながら、修行者が悟りを求めて歩き続けるような生活に似ています。

とはいうものの、社会的認知度もない職業ですから、「やせ我慢」と「意地」は必要になります。

苦労して手に入れた技術は喜びを招いてくれる

肩書きも、コネも、所持金すらない修行時代は、行き先もその時々で変わっていく放浪の毎日でした。

孤独と恐怖、冬の寒さと空腹と、夏は炎天下の暑さと乾きに耐えながら、ゼロから自分の環境を整えていく。そんな生活の中で精神を研ぎ澄まし、ひたすら五感を磨き続けました。

本を読んで勉強し、理屈だけの占い師も世の中にはたくさんいると思います。知識だけなら半年もかければ格好はつきます。

しかし、どんな仕事でもそうですが、苦労して手に入れた技術というものは喜びをたくさん連れてきてくれます。

お客様の中には、人生においてどうにもならない事情や悩みで苦しむ人も尋ねてきます。駆け出しの易者であれば、その場の空気を読んで、励まして帰すしかありません。

しかし、日々自問自答し、切磋琢磨していると、真の悟りには遠く及ばなくとも、その人にふさわしい答えを導き出してあげることができるようになるものです。

意味を持つのは職業ではなく「個々」

目の前の人が、みるみる生気を取り戻し、笑顔になったり、後日「ありがとうございました」と報告に来てくれたりすると、こちらまで幸せな気持ちになります。そして、少しは天地天則みたいなものが自分も感じ取れるようになったかな、とうぬぼれたりもするのです。

そんな出家生活を十年二十年も務めていると、世の中が教えてくれます。

裁判官、警察官、銀行員、学校の先生、お医者さん…。立派な職業と言われていた人たちが、三面記事を賑わせます。

バブルが崩壊し、一流の大会社が倒産。リストラが進み、年功序列型の社会は崩れ、不信の時代が訪れてきました。

そもそも職業に貴賎の差などないのです。そして既存の価値観もやがては通用しなくなります。世の中で「絶対」などというものはないということです。

意味を持つのは、あくまでも「個々」です。

個人個人がどういう人間なのか、どう考えどう生きようとしているのか。人生の岐路に立った時、そこでその人の価値も未来も決まってしまいます。

ですからわたしたちは、日頃から考えることを怠ってはなりません。日々の生活に慣れ切っててしまい、当たり前に流されてしまうことが一番怖いことで、そこで惰性に流されることなく、自らを厳しく省みることが大事なのです。

仕事の価値は、職種や会社で決まるものではありません。あなた自身が世界の一員として、自らの仕事を通じて社会貢献をしていくこと。

まごころ込めて誠実に、縁があった人すべてに喜んでもらうために何ができるかを考え努めていく。この姿こそが自分を取り巻く世界を変えていくのです。

社会的地位も、成功も、自身と周りの幸せも。これらすべてが、あなたの意識を変えるだけで実現できる、そう確信します。

誰もが手にできて人生が簡単に豊かになるもの

これまでに、さまざまな人の相談に乗っていて、気づいたことがあります。

昨今ありそうでいてなかなか見つからないもの。誰もが手に入れることができるのに果たせない人が多いもの。それがあると人生は簡単に豊かになり、生きる勇気を与えてくれ、それがなくなると人生はやがてストップしてしまう。

壊れやすく一瞬で失ってしまい、取り戻すことが困難なのに、ふだんはあまり注意を払われない。そして見失ってしまうもの。

…何だと思いますか? 

それは「信頼」です。

あなたの周りに、信頼できる友がいたら、家族がいたら、絶対に間違いのない絆を誰かと結ぶことができたら、それは「宝」です。

信頼関係があれば、それこそ「人生って素晴らしい」と思えるのです。

友情の上にも、家族や身内の関係にもそうですが、仕事を通して自分の役割を日々ひとつひとつ確実にこなしていく。この繰り返しによって、「信頼」というものは生まれ育っていくものだと思います。

たとえ人付き合いが苦手な人も、仕事でプロフェッショナルに徹することで、その誠実な姿に幸せな関係が生まれるのです。

AI( 人工知能)が台頭し、人間の仕事を奪いつつありますが、人が人に求めたい信頼関係は、機械では叶わないものです。

「助かった」と思ってもらえることを仕事で

やはり根幹に流れるものは「人間味」であり、目の前にいる人がどれだけ「助かった」と思ってくれるかだと思うのです。それが「ありがとう」という感謝の気持ちにつながるんですね。

人を相手にする仕事は「信用」が第一です。よく「会社は信用が第一」と言いますが、個々にもそれがあって、「信用」があなたのステータスになっていくし、運命的にも大きく飛躍へと直結します。

これまであなたにも苦労はたくさんあったと思いますが、「正しい苦労」は必ず実ります。

たとえ時間がかかっても、自分を信じ、未来を信じて、これから「信頼を大切に育んでいこう」と思っていただけたなら、私のお話も少しはお役に立てたかなと思います。

ありがとうございました。(2018.11.取材)

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